最近はもっぱら「考えたらまとめる、まとめたら考える」の方に色々書いています。

2009年06月20日

明暗



夏目漱石の未完の作品。

主人公の津田にはお延という妻がいた。
お延との平凡な暮らしを送っていた津田はある日こんな噂を耳にする。
津田がお延と結婚する前に将来を誓い合った女性、
清子が一人温泉場に滞在しているというのだ。
津田は一人その温泉場へ向かう。

温泉場へ到着して少ししたところでこの小説は終わる。
物語としてはこれから盛り上がるところだ。
とても中途半端に終わってしまっている。
まるで連続海外ドラマのラストみたいだ。
そんな小説だが、未完であったとしても十分に面白い作品だった。

この作品、登場人物たちが様々な口論を繰り広げる。
その口論の様子が実に面白い。

人間は生きていく上で他者と関わらなくてはならない。
他者と関わる中で、「ああして欲しい、こうして欲しい」という欲求はたくさん出てくる。
しかしそう簡単に自分の思いどおりにはいかない。
「ああして欲しい、こうして欲しい」という他者への注文はすぐには通らないのだ。
だからあれこれ画策して他者を自分の思いどおりにしようとする。
そんな欲求のぶつかり合いが、この作品の中では始終起こっている。

たとえば次のシーン。
お延(津田の妻)が、お秀(津田の妹)と会話をするシーンだ。
お延は津田に自分以外の女性がいるのではないかと疑っている。
妹のお秀からその話を聞けないかと鎌をかけている。

「吉川の奥さんからも伺った事があるのよ」
こう云った時、お延は始めて自分の大胆さに気がついた。(中略)
するとお秀が今までの赤面とは打って変った不思議そうな顔をしながら訊き返した。
「あら何を」
「その事よ」
「その事って、どんなことなの」
お延にはもう後がなかった。お秀には先があった。
(中略)
「変ね。津田の事なんか、吉川の奥さんがお話しになる訳がないのにね。どうしたんでしょう」
「でも本当よ、秀子さん」
お秀は始めて声を出して笑った。
「そりゃ本当でしょうよ。誰も嘘だと思うものなんかありゃしないわ。だけどどんな事なの、一体」
「津田の事よ」
「だから兄の何よ」
「そりゃ云えないわ。あなたの方から云ってくださらなくっちゃ」
「随分無理な御注文ね。云えったって、見当が付かないんですもの」


津田に女性がいるかどうか、お延はしっかりとした確証を持っていない。
だから「津田の何かの噂」を聞いたことがあると鎌をかける。
本当はお延は何も知らない。推測の域を出ない。
でもどうしても知りたい。
だからこんな無茶な鎌をかける。
「だから兄の何よ」と言われて、
「そりゃ云えないわ。あなたの方から云ってくださらなくっちゃ」
なんてもういっぱいいっぱいの鎌かけだ。

明暗は作品を通して始終こんな感じだ。
登場人物皆が他者にああして欲しいこうして欲しいといった欲求にまみれている。
その欲求を自分のうちにとどめておく事はできない。
欲求を満たそうと登場人物はあれこれ画策する。
目論見と目論見のぶつかり合い。
そしてほんの少しの騙し合い。
まさに明暗は「漱石版ライアーゲーム」だ。

「未完だから読まない」なんて言わずに是非読んでいただきたい。
未完だからつまらないなんて一切感じさせない名作だ。


posted by イズミ at 21:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小説レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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