最近はもっぱら「考えたらまとめる、まとめたら考える」の方に色々書いています。

2009年09月13日

良いと悪い、善と悪は違うんですね「道徳の系譜学」

道徳の系譜学 (光文社古典新訳文庫)
フリードリヒ ニーチェ
光文社
売り上げランキング: 28744
おすすめ度の平均: 5.0
5 ルサンチマン論を核とするキリスト教批判


とりあえず第一論文読了


久しぶりに哲学書を読んだ。
古典新訳で読みやすくなっているとはいえ、
やっぱり結構硬いね、ハードだね。
ペンを持ってしっかり考えられる環境じゃないとこういうのは読めないため、読むのに非常に時間がかかった。
併読してると哲学書は読まなくなっちゃうし、
かといってこればっかりに集中すると読書ペースがかなり落ちる。
ということでとりあえず第一論文だけ読んでレビューを書く。
また気が向いた時に読もう。

「善と悪」と「良いと悪い」の違い


第一論文のタイトルは「「善と悪」と「良いと悪い」」。
この論文には君主道徳と奴隷道徳が対比して書かれている。
簡単にまとめるとこうだ。

君主道徳:高貴な、身分の高い人間が作った道徳。「良い」という根本概念をまず自発的に考え出した。そこから「悪い」というイメージを作り出した。「良いと悪い」。ローマ、ルネサンス、ナポレオンの道徳。

奴隷道徳:政治的弱者たちの作り出した道徳。まず「悪しき敵」を考え出した。その「悪人」を基礎概念として、対症的な像として「善人」を考えた。「善と悪」。ユダヤ人、キリスト教の道徳。

以下ウィキペディアより引用。
・ニーチェによると、特権階級は自分たち自身の行為を「よい」("gut")と定義した。この場合の「よい」とは、「高貴な」、「貴族の」、「強力な」、「幸福な」等々という意味である。その一方で、彼ら君主たちは、他の卑しい人々の行為を「わるい」("schlecht")とみなした。ただし、この場合の「わるい」とは、「素朴な」("schlicht")、「平凡な」、「貴族でない」という意味であって、ことさらそれらの人々に対する非難のニュアンスが込められているわけではない。
・特権階級に従属する卑しく、貧しくて不健康な人々、つまり「奴隷」によって価値の序列が逆転される。彼らの感情はルサンチマンに基づいており、彼らはまずもって他者を「悪人」、すなわち「悪しき敵」とみなす。その後はじめて、彼らはまさしく悪人に対立する者として、自分たち自身を「善人」と定義する。換言すると、彼らは「悪」("böse")でないがゆえに、「善」("gut")である。つまり、貴族にとっての「よい」という概念が能動的であるのに対して、奴隷の「善」概念は反動的なのである。


感想


ルサンチマンとか、ニーチェ思想は大学受験のとき倫理で勉強したが、違った角度からニーチェの思想を味わうことができた。
君主道徳と奴隷道徳の起源の違いというのは面白い。
2つの対立する概念があったら、どっちか先にできる方があるわけだ。
君主道徳の場合は良いが先にできた。
アンパンマンと一緒ですね。
アンパンマンが最初に生まれて、それを倒すためにバイキンマンが生まれたのは君主道徳的。

気になった言葉


哲学者は価値の位階の序列を定めなければならない



posted by イズミ at 10:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 新書レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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